傷つくことは避けられないけど、自覚することは後からでもできる

いろいろなことがありすぎて、なかなか言葉にまとめきれません今日このごろ。一度、簡単な更新などもしてみたのですが、なんだが上っ面テイストがぬぐえず削除、なんてこともしてました。

いくつかあったトピックの中で、これ!、というのもあったのだけど、どうもその解釈にも、穴、がある気がしてしかたなく、upできずにいて、そのへん、今日になって、なんとなく理解できてきた気がするので書いてみます。

今週月曜、以前(本年2月21日付日記)書きました「激怒してブッチ切ってしまった仕事」の依頼主から、実に3週間ぶりくらいに仕事の依頼がきたんです。年度末の忙しい時期でさすがに人手が足りなくなってきたんでしょう。いつもは日時住所等の他は「お願いします」の言葉も無く、必要最低限のことしか書いてよこさない方なんですが、そのメールには以下のような「追伸」が書かれておった。

『世の常識をひとつ
メールを読んだら必ず返信を下さい。
メールが着いたか否かは確認できても、読まれたか否かは確認できませんので、お願いします。
いつも返信が無いのは、あなただけです』

いや、はじめの頃は逐一、「了解」メールを書いておったんですが、ある時期に続けて返信し忘れて、それでも仕事には確実に行ってたということが続いたり、そもそも、私が仕事を断ることはあり得ないかのようにぶっきらぼうに日時と住所だけ(仕事内容どころか現場名さえ書かれていない)のメールを送ってきたり、ほとんど毎週いっしょに仕事してたり、と、返信送り忘れても大過ないんだなとわかって以降、基本、彼のほうも、私のそういうスタンス(なにもない限り頼まれた仕事は確実に行く)ということは承知してる、と、なあなあでやってたんですな。

そんな風になってから、もう、かれこれ3年くらいになると思う。それが今になって「世の常識をひとつ」ときた。これには、私、はげしい震えと脇の下に感じるを汗をどうにもすることができないくらい、脳天から火が吹き上がりました。

というのも、私的には・・・・・・・、というか、正直なところを言うと、その彼が参加してなかったりする飲み会では、「あいつなんだよ!」的な話題で盛り上がったりする、やや、常識に欠けるところのある人、という認識が私にはあった。

そういう人から、「世の常識をひとつ」なるメールを受け、また、直接的にではなく、私が仕事をぶっち切ってしまった非常識ぶりを非難するかのような今までにないメールを送りつけてきたり、といった行為に、はっきりいって、(完全に侮辱されている)、という気分に陥ってしまったわけです。

今月四日の日記にも書いた通り、もう十年以上の付き合いになる彼とは、なんでこいつと?、という気分がずーっとあって、それが、この頃、(ああ、なるほど。俺は、自分でも、彼の○○な部分を持っているのにも関わらず認めることができてなかったんだな)、というような気付きを得た途端、疎遠になってきたんで、もう、さすがに彼とも縁が切れた、と思っていたところだったんです。

そこに「世の常識をひとつ」メール。もう、関係もつ必要がなくなったんだろうな、と思っていた人間から、発汗緊張をもたらすような動揺を起こされ、とりあえず、今の自分の(人生の)流れからいって、どういう反応をするべきなのか、ということをかなり必死になって考えて返信を送り、もうさすがにどうでもいいや、彼のことは考えないようにしよう、無視だ無視、と一日過ごしたのだけど、寝にはいったところで、どうしようもなく、その「世の常識をひとつ」なメールのことが浮かんできてしまい、これはどうやら自分の課題らしいことに思い至って覚悟を決め、どうしてそうも気になるのか徹底的に考えることにしたんです。プロセス指向心理学的に言えば「ワーク」してやろう、と。

で、そのときに思ったのは、どういう人間からであれ、なんで私が「非常識」と言われ、こうも動揺するのか、と言ったら、それだけ、私が「常識」に価値を置いていることに他ならないと思い至った。正月一発目で「失敗いいじゃん」みたいなこと書いておきながら、外側の価値基準に合わせている(「常識」か「非常識」か、つまり「成功」してるか「失敗」してるか)のが、未だ、深いところで是正されていない、と。

これに思い至った途端、粘度が高く横たわっていても高い位置にあった身体が、ドロリ、と溶け出して広がったみたいに緩み、また、二月八日に書いたデパートに忍び込む夢と、まるきり同じテーマだったりしたので、もう、深く深くこのメールに意味を感じるより他なかった。

その夜は、あああああああなるほど、とリラックスして眠れた。ところが、次の日になってみると、どうも、八割くらいは「常識−非常識」の線で理解できるのだけど、まだ、なんだが気になるなあ、というところが残ってた。

ほいで、その他にもいろいろあって、今日考えさせられたのは、「常識−非常識」ということ以前に、「侮辱」された、見下された、ということのほうが、私に対してより深甚な影響があったんじゃないかという気がしてきたんです。

ここのところ度々触れていますプロセス指向心理学の中心人物アーノルド・ミンデルの著作に『紛争の心理学』(講談社新書)というものがあります。これは、人種差別やセクシャルマイノリティーなどへの迫害、国家間、民族間の紛争、といった、社会問題への「プロセス指向的」アプローチを描いた本で、その中に「虐待のワーク」という一章が割かれこんなことが書いてありました。

社会的な観点から見ると、個人的な虐待の状況は、家族や文化が私たちに強いる人間関係によって引き起こされる。何が起こっているかについての自覚、つまり傷つけることをストップさせる赤信号がないこともしばしばだ。「気をつけて、それは傷つけるよ」という赤信号を持つことは、「さぁ、私たちみんなが目覚めて、前に進もう。傷つき、怒り、力を自覚しよう」という青信号を持つことである。

 自らの虐待の問題に、内的そして外的に取り組むことによって、歴史の新しい局面を開くことができる。私たちみんなが、自覚的に、そして一緒に文化を創り上げるのである。

当日記、本年一発目には、我が甥っ子が、父でもある私の兄や、祖母でもある私の母から、手厳しく叱責を受けていることに嫌気がさしたことを書いたのだけど、そう思ったからと言って、母や兄に、やめたほうがいい、とは言いはしなかった。それは、単に、家族のやり方、文化だ、くらいに思っておった。

でも、それって、ある意味、虐待を黙って見過ごしてた、ってことじゃないんだろうか。「そんなたいしたことじゃないと思ってた」と後から言う、いじめを見過ごしていた傍観者に他ならないんじゃないか。

そうやって、現におきているいじめ(虐待)に対し、「たいしたことない」と思ってるように、自分の身体に染みこんだ「侮辱」されること、見下されること、への恐れを見過ごしていたとしか思えなくなってしまったんです。

12月4日(http://d.hatena.ne.jp/fkj/20051204)のナイナイ岡村くんの言ってたことについて書いたことって、どうも、軽いフラッシュバックとしか考えられないし・・・。

二月一日に受けた「セッション」では、実のところ、猫の他にもう一つ指摘されていたことがありました。

その時私は、無意識にしていた行為があって、それは、前屈みになった体をぐぅ〜っとうしろに反らせ、いわば、「ふんぞり返ってる」ような姿勢に度々なるところがあったんです。

そう。無意識的には、「ふんぞり返って」他人を見下すような位置に立ちたいと思っていたわけ。ところが意識的にはそれは認められてない。

指摘されたときは、もっと自分に自信を持ちたい、とか緩い解釈をしていたのだけど、今週、水曜に受けたアレクサンダー・テクニークというところで、「どうも、体が後ろに反ってますねえ」ということを指摘され、自信がどうのこうのいう緩い自覚ではほとんで是正されてなかった。

そういう反っくり返った「がんばった」姿勢が、対人緊張の元になっていたんだなあ、と。体が先か心が先か、ということではなく、それらは同じことの別な顕れをしていた、と。

さて、そういう姿勢はどうして培われたかと言えば、そんなことすんな!、馬鹿じゃねぇの・・、という家のものからの侮蔑的な言葉からきているのは間違いない。兄貴の言葉で死ぬほどよく覚えているのが「でかい面すんな!」っていうのがあったり。

どうでしょう。こういう身体構成というのは、どう考えても、傷つきと、傷つきへの防衛からきているとしか思えないんじゃないでしょうか。

だからといって親兄弟に復讐しようというんじゃありません。そういう防衛方法は、もう、今の自分の生活には不必要だ、とそういう自覚が、次なるステップになるんじゃないのか。それが、知らず繰り出す(無意識の)「ふんぞり返り」(その他無意識的行為)による他者への危害への連鎖を断ち切ることになるのではないか。

何を常識・非常識と見、何を成功・失敗と見るか、ということには絶対的なものなんかない。それを絶対的なものとして「力」的に上位にいる者が押しつけるとするならば、そこに「虐待」を疑うべきなんじゃないか。「そんなおおげさに言わなくても・・」ではなく。

自身が何に傷ついたのか自覚しない限り「虐待」の連鎖は止まらない。

(だからと言って、今、うちの兄貴や母にこういう話しをしたとこで聞く耳持つとは思えない。だから、ミンデルの言うように、もっと広い視野で、「傷つき」ということに自覚的になっていかなきゃならないんだろう。でも、やっぱりこのまま甥っ子を放っておくのは、きつい気もする)

そういえば、以前、一日に最低一回はおこってた岡村さん的フラッシュバック、この頃、ほとんどおきてない。少し強くなれているのかもしれない。