メモ(カントへの旅)
たいへん素敵でたいへん感動した哲学関連の小話を読んだのだけど、どこでそれを目にしたのかすっかり忘れてしまい、今ようやく発見
紛失しないようにメモしとく。
(ノルベルト・ヴァイス著『カントへの旅――その哲学とケーニヒスベルクの現在』同学社にある著者はしがきから)
かつての東プロイセンに向かう旅の途中、リトアニアの都市パランガの空港でパスポート検査を受けたときのことである。係員が愛想のいい笑いを浮かべながら、流暢なドイツ語で私に尋ねた。
「昔の故郷を訪ねるのですか。」
私は違うと言った。
「それでは観光旅行なんですね。」係員はそう言うと、世界中のパスポート検査係がみせるあの独特の投げやりな態度で、私のパスポートをめくった。そのまま取り合わずにおくこともできたが、私は首を振った。男は問いただす顔付きになった。もう笑ってはいなかった。
私の旅の理由はとても個人的な、見方によってはいくぶんセンチメンタルなものだったので、打ち明けるのは少しばかりためらわれた。しかし、相手はどうしても答えろといわんばかりだったし、適当な口実も思いつかなかったので、私は正直に言った。
「哲学者を訪ねるつもりなのです。それと、プレーゲル川に沿った彼の古くて新しい町を。」
係員は虚を突かれた様子で、今度は彼が沈黙する番だった。私たちはそれぞれ考えをめぐらせながら見つめあった。やがて彼はパスポートを返してよこした。そして先程と同じように微笑しながら、こう言った。
『私たちはそれぞれ考えをめぐらせながら見つめあった』
若干のエロティックさも感じさせる、その時のその空間の豊穣さ・・。こんな会話、一度でいいからしてみたい(歌丸)