ダン・シモンズ『カーリーの歌』ハヤカワ文庫NV

短編集『夜更けのエントロピー』があまりにすばらしかったのでシモンズ処女長編にして世界幻想文学大賞をとったというこれ読んでみました。シモンズに対する認識を新たにした、というような面はなかったけれど、舞台となったカルカッタのルポ的な描写や密やかに忍び込んでくる怪しの気配、そして・・・・、なあたり、自らの生理に忠実な創作態度を貫き通しているのではあるんでしょうね。デビューまでに相当紆余曲折があった人らしいし。なんて書くといささかなりとも否定的な印象を持ったかともとられかねませんが、ほとんど文句ないです。

とにかくカルカッタの描き方がすさまじい。ていうか、シモンズが実際に見たカルカッタ自体がすさまじかったのかもしれないが。汚泥、混沌、悪臭、熱気、湿気、塵芥・・・そしてそれらにまみれた生者と死者たち。そんな舞台に乗せるとしたらこれしかないだろうというテーマは裏主人公とも言える黒母神カーリーに象徴される。

黒い体、ふり乱した黒い髪。振り上げた第一の手に首吊りの縄、第二の手にどくろ杖、第三の手には剣を掲げ、第四の手には切り取られた生首をぶら下げている。頭蓋骨をつなげたネックレスが首を飾り、二列の切断された手首が腰を覆う。充血した目は淫靡に輝き、口からは長くたれ下がった紅い舌をぺろりと突き出し、片足で夫ジヴァ神を踏みにじっている。

この本の冒頭では

この世には存在することすら呪わしい場所がある。放置されることすら許しがたい街がある。カルカッタはまさにそのとおりの場所である。・・・・/かつてカルタゴを征服したローマ人は男たちを殺し、女子供を売り飛ばし、建物を打ち壊し、石塀を叩き割り、瓦礫に火を放ち、二度とかの地から何も生まれることのないように塩を撒いた。だが、それだけでは不十分だった。カルカッタはこの世から抹殺されるべきなのだ。

とまで書く書き手はしかし、最終的には「悪」、あるいは「暴力」に対しても、ある“場所”を空けておくべきだ、という結論に達しているかにも見える。もちろん、カーリーの忠実なしもべになるのでもなく。そう見えるからこそ、短編から伺えたシモンズらしさだけで押し切っているように見えたこの長編にも満足がいったのだろう。