ジョセフィン・テイ「時の娘」②

高校の頃、歴史の教師がひどく熱く語っているのを聞いて読んでみた高木彬光の「成吉思汗の秘密」には、一時相当いかれていて、ちょうどその頃だったか、前だったか後だったかNHKで放送していた「武蔵坊弁慶」で静御前を演っていた麻生裕未のことを好きになってみたり、司馬遼太郎の「義経」を読んだりと、かなりの長期間うなされていた。

「しずやしず、しずのおだまき繰り返し、昔を今に、成すよしもがな」だったか、まだ覚えてた。

成す吉し思汗、こと成吉思汗が義経だ、という説は、北行伝説のてがかりがいわゆる“レッド・ヘリング”(にせのてがかり)だった、という話を聞くまではほとんどつゆ疑いももたずにいたくらいで、それくらい高木の小説は威力があった。

その高木が「成吉思汗の秘密」を書く気になった影響を与えたのが、この「時の娘」だというのを、あとがきを読みはじめて知る。ははあ、なるほど。

白かったものが黒に、黒かったものが白にひっくりかえる、というのはミステリを読む喜びの中心をなすところでもあるけれど、まったく架空の話となると、ベースとなる白黒の話からこさえていかなければならず、その部分、ミステリにありがちな冗長な手続きとなってしまって読むのに骨が折れることがある。でも、話が現実の歴史上のこととなると、事実、あるいは通説、まあ定説、でもなんでもいいや、そういう白黒は決まったものとなっていることが大半で、そのへんミステリ的手続きの退屈さも感じることなくすんなり入り込んでいける。またなにより、その白黒の着き方が、単に(虚構の)警察内部や事件関係者だけではない、国民的、また伝統的(歴史的)な重みを権威として鎮座ましましていおり、ひっくり返すべき“敵”として充分に巨大なため、うまくいったときのカタルシスたるや半端ではない。テイ女史の小説技法上のテクニック、性格造形や台詞やリズムなどなど、には、充分信頼をおけることは前に読んだ二作でわかっている。

そういう訳で、この「時の娘」は今年読んだ本ベスト、の上位に入ることは決定です。いやー、もう、終わり方まで実にきれい。全然内容に踏み込んでませんが、やっぱりこういうことって、まったく一切情報なしで読んだほうがいいと思うですよ。ただ、「時の娘」を読む前に、シェークスピアの「リチャード三世」を読んでおくと、面白さ15%くらいアップします。

いつのまにか英国王朝のあのややっこしい家系図が頭に入り込んでいて、これまたたいへん歴史の勉強になった。アメリカでは大学の副読本として読ませているところもあるらしいです。



九日18:00追記
ここupしてうっかり貸し出し期限を過ぎてしまった中井久夫の「精神科医がものを書くときⅡ」を返しに、今週整理期間中でしまってる地元の中央図書館ではなく歩いたら30分はかかる目白図書館までわざわざ行ったのは、やっぱり中井の「家族の深淵」がそこにあると検索したら出たのでそれをついでに借りてこようと思ったからで、ところがこの本、・・・・・・・・ああああ、またもや行方知れずに・・・・。瞬間、胃がぐるりとひっくり返るくらい怒りで体が発火した。そこにいる館員に怒鳴りつけてやろうかと思ったが、それもあまりに的を外してるし、それにしても、こうも毎回毎回こんなこと繰り返すとは、まったく。まだ胃がくるくるしてる。