ジョセフィン・テイ「時の娘」①

このところちょいと固めの活字ばかり目にしてきたので気楽なものを、とひらめいて手にしたこの本。頭の片隅に、これってアームチェア・ディテクティブならぬベットルーム・ディテクティブで、しかも歴史的事件を扱っている、みたいなことがあったのは確かなので、この選択もここ最近の流れの引力にひっかかったのらしい。

謎解きをメインに据えたミステリって、基本的に苦手で、何ゆえか、といえば、へんてこなトリックや謎やロジックをもって一本の小説を書こうとしたものって、結局、その謎なりトリックなりをこそ書くために、登場人物がただのでくの坊に成り果ててることがままあるのと、筋の中心というのは要するに謎が解いていかれる過程となるわけで、そこにはすでに過ぎ去った事件があるばかり、探偵なり刑事なりは当該事件にまつわる人間の欲望なり怨念なりどろどろしたところからは部外者となっていて、もちろん謎を解かせたくない側の人間から攻撃を受けたり、といったような展開もあるにはあるけれど、それくらいで、どうもその主知主義的な様相というのが今ひとつ琴線に触れてこないために読んでいて退屈になってくるせいなのかもしれません。アイデアどうこういうのなら、アイデアだけを山ほど集めた本のほうが相当面白いと思う。
なのでこの「時の娘」にもその手の乗れなさを感じるのではあるまいか、と思いつつも、今まで読んだテイの「ロウソクのために1シリングを」と「魔性の馬」は、そういう謎解きの部分もあることはあるにしろ、面白さはそこにはなく、登場人物のちょっとした振る舞いや気の効いた台詞、地の文のうならせる言い回し、といったところにあって、まだ70ページほど読んだところなんだけれど、これは、欧米の中でもベストミステリの何位かに入るのもわかる気がする傑作の匂いがぷんぷんする。
つまらないことで入院するはめになった警部の退屈しのぎにと知人の女優から何枚かもらった肖像画。職業柄、人の顔には一方ならぬ興味を持つ警部が一枚の画に目をつけた。その男はシェークスピアでもおなじみリチャード三世。警部は見舞いの客や看護婦(師)や医師に、その画を見せ感想を聞いていく。
このへんのはじまりだけで、警部のそうせずにはいられない必然性なり、興味の高まりがひしひしと感じられ、その巧みな描き方にこちらも引き込まれていく。登場人物それぞれが持つリチャード三世について知っている知識やイメージが、そのままキャラクターになっていて実に面白い。
この先リチャード三世の何を推理していくのか。楽しみ楽しみ。