ローラ・ヒレンブラッド「シービスケット」

読み出せば一時も気を逸らすことができなくなるジェットコースターノベル。いやノベルではなかった。恐慌に喘ぐアメリカに花開いた冗談にしか思えない奇跡のドラマ、競走馬シービスケットの伝説。
昨年、あちこちでこの本を取り上げているのを目にして気になっていたものをようやっと読みはじめ、すぐさま期待と興奮にアドレナリンが騒ぐ。クセのある役者が一人一人と強情な“駄馬”に向かって集まってくる前半で、もうこれは最後まで読んだら泣くかもしれないという予感にうたれた。
マスコミ、競馬場関係者、ライバル馬の馬主、各人各様の思惑を通そうと様々な駆け引き、暗躍、作戦が繰り出される。とりわけ調教師トム・スミスの詐欺師かマジシャンを思わせる鮮やかな手際の数々にはニヤニヤ。騎手たちの減量や事故によるものだけではない過酷な生活実態にゾワゾワ。ぐんぐん盛り上がる中盤には思わず声に出して、うっそーん!、となったこともあった。
ヒトラールーズベルトよりも記事に取り上げられ、たかが調教に四万人を集め、そこらじゅうに人がたかるせいで競馬場には人間しか見えなくなり、大統領はラジオ実況を聞くために顧問団を執務室の前で待たせる、そんなことを巻き起こす馬がそもそもある種の星の下に生まれているのは紛れもないことなんでしょうが、この著者の巧緻極まるデザインがなければこれだけ見事なジェットコースターにもならなったでしょう。ポロポロとまではいかなかったけれど、案の定最後には目がうるうるしてしまった。生涯最高に楽しませてくれた本と言っても過言ではないです。

ところで、以前ダービースタリオンがスーパーファコンで出たとき、それだけをやりたいがためにスーファミを買った私は、あまりに勝てない腹いせに、毎週毎週ハードな調教をして毎週毎週レースに出したらどうなるか、みたいなサデスティックな喜びに浸るという変態ぶりを発揮したことがあるんですが、その時の馬が元の体重から百何十キロか痩せても故障もせずに走り続けたのを、そんなわけないじゃん、と思ってたんですね。ところがこのシービスケット、二歳の一月にデビューして年間、というかほぼ十ヶ月で三十五戦をこなすというにわかには信じがたい使われ方をしていて、そこで才能を発揮することになるトム・スミス調教師の下にきたときは、ベストの90キロ落ちだったそう。下のはシービスケットの戦跡。
http://csx.jp/~ahonoora/seabiscuit.html
連闘どころか中二日中三日って、いかにシステムが違ったとはいえ、なんつー使い方だ。