J.G.バラード『クラッシュ』ペヨトル工房

たしか一年ほど前だったと思うのだが、吉祥寺か西荻窪かそのあたり、中央線沿線の古本屋でこの『クラッシュ』が4000円くらいで売られてて、えー!?、と思ってまもなく、新宿のアルタの方にある紀伊国屋で、どこからどう入荷されたのか、もともと在庫であったやつなのか、つぶれたペヨトルのその本が平積みされて売ってたのを見つけて、あんまり趣味じゃないタイプの本ではあったのだけど定価だったのを見てスケベえ根性丸出しで買い、売り払う場所とタイミングを計っていると、自分のほうに思いもよらなかったSFブームがきてしまって今回読んでみることにしてみました。

はっはあ〜・・・。これは、なんというか、確かに、すごい。この本が出版された1973年なら、なるほどSFとも感じられたんでしょうけれども、今読むと、現在進行形な話を書かれてるようにしか見えない。日本語訳のこれが出た10数年前、訳者柳下さんもあとがきでおんなじようなこと書いてますけど。

レムの『ソラリス』も、宇宙船や宇宙服といったようなものの描き方が、どうしたって、古ぅー!、ってな慨嘆を呼び起こさずにはいなかった。ジョージ・オーウェルの名作は『1984』で、SFベストをやったら必ず上位に入ってくるブラッドベリの『火星年代記』は1999年から始まってて、クラークの、あるいはキューブリックのあれは『2001年宇宙の旅』で、私の一番すきな漫画『機動警察パトレイバー』の主役レイバーの型番は1998年の“98式”。

フレドリック・ブラウンの短編あたりも読まさせてもらってますが、「未来」を描いた「過去」の作品のその「未来」を越えた“未来”の私たちがそれらSFを読む図、というのは、なにかクラクラするような時間感覚のめまいを引き起こすところがあるのだけれど、この『クラッシュ』では、固有名エリザベス・テイラー、ってあたりに人によってはどうしても時代を感じてしまうところがあるかもしれない以外、あとはほとんど「才気煥発な若手作家が描く現代小説」と言っても通じてしまいそう。

なにが書いてあるのか、と言えば、「テクノロジー」と「セックス」の“セックス”を描いたポルノ。といってもヴァーチャル・リアリティーとかそういうんじゃなく、「テクノロジーのクラッシュ」と「セックス」の“セックス”ポルノ、あるいは“クラッシュしたセックス”というかなんというか。

この退屈したびっこの女は、性行為の通常の交差点、乳房と男根、アヌスと女陰、乳首とクリトリスといった部分がもはや二人の間にはなんの興奮も呼び覚まさないと気づいていた・・。

頭上、暮れゆく夕空を、東西に伸びる滑走路に沿って飛行機が飛んでいった。ガブリエルの身体の心地よい外科臭、鼻をつく合皮の臭いがたゆたった。クロームのレバーが影の中に突き出し、銀色の蛇の頭、金属の夢に棲む生き物となった。ガブリエルはつばを一滴右の乳首にたらして機械的に撫で、普通セックスと呼ばれるものとささやかなつながりを守るふりをする。お返しに私は恥部を愛撫し、内に尖るクリトリスをさぐった。二人を囲む銀色の操縦装置はテクノロジーと運動システムのなしとげた偉業であった。ガブリエルの手が胸を動き回った。指が、私の左鎖骨の下にある小さな傷、計器盤ピナクルが残した四分円を見つけた。弧をなすくぼみに唇が触れたとき、はじめて、ペニスが脈打つのを感じた。彼女はズボンからペニスを引き出し、それから、胸と下腹にある別の傷をさぐって、それぞれに舌の先で触れた。順番に、一つ一つ、ダッシュボードと操縦パネルに書き残されたサインを確認してゆく。彼女がペニスをしごくのに合わせ、恥部から大体の傷に手を動かし、衝突車のハンドブレーキが切り開いた柔らかな土手道を感じた。右腕で肩を抱き、レザー・クッションの刻印、半球体と直線が触れ合うところを感じ取った。太腿と腕の傷をさぐり、左乳の下にある傷跡に触れ、そのお返しに彼女は私の傷をさぐった。それぞれの衝突事故が開いたセックスの暗号を、手をとりあって解読していく。

太腿の深い傷で私は最初のオーガズムを迎えて、運河に精液をほどばしらせ、しわのよった溝を潤した。ガブリエルは手にザーメンを受け、銀色に光るクラッチ・レバーになすりつけた。・・・・


えー・・・まだしもわかりやすいそうな部分を引用させていただきました。基本的にはこれほど“わかりやすい”ポルノにはなってなくて、倒錯大王大爆発、といった体の小説で、少々うんざりもしますけど、ある種の刻印は、読んだ人、それぞれに残すのではないでしょうか。